大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)339号 判決 1979年3月29日
控訴人 池田照夫
右訴訟代理人弁護士 坂本秀之
右訴訟復代理人弁護士 吉田清悟
被控訴人 (旧姓末弘)酒井節子
被控訴人 小徳正明
右両名訴訟代理人弁護士 桐山剛
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
《省略》
理由
一 当裁判所も、被控訴人らの請求はいずれも理由があるので、これを認容すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり訂正、附加するほか、原判決理由一ないし四(訂正後のもの)に説示されているところと同じであるから、これを引用する。
1(一) 原判決七枚目裏末行の「被告が」以下同八枚目表三行目の「強制執行をしたこと」までを「原告らと被告間には本件公正証書が存在し、本件公正証書には、原告末広が被告から昭和四八年八月一八日金七八万〇三四〇円を、弁済期昭和四九年二月一五日、利息年一割八分、遅延損害金年三割六分の約定で借受け、原告小徳が原告末広の被告に対する右債務を保証した旨および原告らは右債務を履行しないときは強制執行を受けても異議がないことを認諾した旨の記載があること」と訂正し、同八枚目表五行目以下同一一行目までを削除し、同一二行目の「三」を「二」と訂正する。
(二) 原判決八枚目裏一、二行目の「同第二号証の二、」の次に「乙第四号証、」を、同三行目の「認め得る」の次に「(原審における被控訴人酒井(原告末広)本人尋問の結果中数字等の記入のない用紙に署名押印した旨の供述部分はたやすく措信し難い。)をそれぞれ加え、同四行目の「被告」を「原審における控訴人(被告)」と訂正する。
(三) 原判決九枚目表二行目の「なっていた」を「なっており、原告末広も、昭和四八年八月八日ころ、クラブ藤沢にホステスとして入店するに際して、被告との間で、右同旨の契約を締結した」と、同一〇行目の「中井博」を「中井清」とそれぞれ訂正する。
(四) 原判決九枚目裏六行目の「四」を「三」と訂正し、同九行目以下同一一枚目裏七行目までを次のとおり改める。
「《証拠省略》を総合すると、原告末広は、昭和四八年八月八日ごろ、被告の経営するクラブ藤沢にホステスとして入店するに際し、クラブ藤沢の店則を守ること、退店の場合は一五日前に所定の退店届を提出すること、一五日以上の連続欠勤を必要とした時には理由の如何に拘らず直ちに退店届を提出すること、右退店届を出さずに退店した時には給与ならびに払戻し等の額を減額されても異議がないこと、退店時には借金ならびに原告末広口座の売上未収金等は一切現金で支払うことなどを誓約する旨の「入店保証書」と題する書面(乙第四号証)を作成してこれを被告に差入れその旨を約したこと、クラブ藤沢に当時勤務するホステスは二〇名位であったが、その給与は、二割位が固定給の支払を受ける給料制、八割位が当該ホステスを指名する顧客に対する売上額の多寡により給与額が増減する歩合制であって、原告末広は歩合制のホステスであったこと、当時給料制のホステスの日給は四、〇〇〇円ないし一万円であったが、歩合制のホステスの収入は一か月に少い者で三〇万円、多い者では一〇〇万円にもなっていたこと、給料制のホステスは指名してくれる顧客(指名客)をとらず、これに掛売で飲食をさせる自由はなく、単に補助(ヘルプと称する。)としてのサービスをするだけであるが、歩合制のホステスは自分の指名客を接待し、掛売が許され、飲食物もそのホステスの指示によって提供されることとなっていること、飲食代金の請求書、領収書は店が発行するが、歩合制のホステスと指名客とのつながりが親密で顧客の住所、職業等もホステスがよく知っているところから、掛売をした場合の未払代金の集金は原則として当該ホステスが行い、店はホステスの依頼があった場合に集金をすること、ホステスの退店は自由であるが、歩合制のホステスは退店する場合には指名客に対する売掛未収金全額を直ちに現金で支払わねばならず、右支払ができない場合には支払が終るまで勤務を続けることを要求されるのであって、原告末広は、昭和四九年一月二五日付で退店届を出した際、被告に対し、売掛未収金と借入金を同年二月一五日に支払う旨を約するとともに、支払ができなかったときには支払が終るまで出勤をする旨約したこと、顧客に対する売掛金の弁済期は毎月の締切日以後六〇日ないし一二〇日後、平均して九〇日位後であるので、歩合制のホステスは常に被告に対して右未収金支払債務を負担する状態にあり、退店して他の同業種の店に入る場合には、新しく入店する店から前借して退店する店の未収金債務の弁済に充てることが業界では常態となっており、原告末広は、クラブ藤沢に入店するに際し、前に勤めていたクラブドンに対する右同様の指名客の未収金債務三〇万九〇〇〇円を弁済するため、被告から前借をしたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。
右認定の事実によると、原告末広は、被告との共同経営者的な立場に立つものではなく、被告に従属して被告経営のクラブ藤沢の顧客を接待する労務を提供する関係にあったもので、本件債務引受契約は、被告が経営者、雇主としての優越的地位を利用して、被用者として経済的に弱い立場にある原告末広をしてその締結を余儀なくさせたものであり、その内容も、本来経営者として被告が負担すべき掛売によって生ずる未収金回収不能の危険を回避し、自ら顧客から取立てるべき未収の飲食代金(同代金は被用者たるホステスが集金を行うこととされているが、同代金債権については、自己の名において請求しうるわけでもなく、また訴訟等強制的取立手段も有しない。)を被用者たる歩合制のホステスに支払わせて容易にこれを回収しようとするものである。しかも、原告末広としては、指名客に対する飲食物の提供を指示することができ、またその客に対し掛売にするか否かを決定することができるとはいっても、指名客の飲食物等の注文を拒否することは事実上不可能であり、また、その掛売の要求をむげには断れない弱い立場にあるうえ、その指名客の信用性、将来(六〇日ないし一二〇日後の弁済期における)の支払能力等の判断は極めて困難なことがらであって、この判断を原告末広の危険において行わせること自体甚だ酷であるし、掛売をした飲食物等の代金額は原告末広の意思とは関係なく被告によって顧客との間で決定されるので、原告末広としては、いわば無制限に顧客の飲食代金を支払うべき義務を負担させられる危険がある。そのうえ、原告末広としては、退店しようとする際には、直ちに売掛未収金全額の支払をしなければならず、支払ができないときには支払が終るまで勤務を続けることを要求される(実際に原告末広は、右支払の終るまで退店しない旨を約している。)ところから、事実上退職の自由が制約される結果ともなるのである。それゆえ、原告末広が、指名客に対する売上額が増大することによって歩合による収入額が増加するという利益を受けることやクラブ経営が控訴人のいうようにこの歩合制によるホステスにより維持されているのが実情であること等を考慮に入れても、本件債務引受契約は、被告が被用者である原告末広に不当に過酷な負担を強いることによって、おおむね被告が一方的に利益を得るものであるというべきであり、かつ、右契約は、前示のとおり被告の原告末広に対する優越的地位を利用して締結されたものであるから、公序良俗に反し、無効であると解するのが相当である。そして、右に認定したところからすれば、たとえ原告末広が被告主張のような事情のもとに被告経営のクラブ藤沢のホステスとなったものであるとしても、このことから原告らが右契約の無効を主張することが信義則に反するものということはできない。」
(五) 原判決一一枚目裏八行目の「五」を「四」と訂正する。
(六) 原判決一二枚目表一一行目の「右顧客」以下同一二枚目裏七行目までを「被告が原告末広に対して右弁済に際し、弁済を充当すべき債務を飲食代金債務と指定したことを認めうる証拠はなく、《証拠省略》によれば、右金二七万九〇一〇円と前記の一三万円の支払に際しては、原告末広、被告ともに弁済の充当される債務を指定しなかったものと認められるうえ、たとえ、被告主張のように飲食代金債務に充当する指定がなされたとしても、右顧客の飲食代金は、原告末広においてこれを支払う義務がないことは前判示のとおりであるから、右充当の指定は存在しない債務に対する充当の指定として無効であって、右支払金は、いずれも法定充当により、前記貸金四五万九〇〇〇円の元利金(遅延損害金を含む。)の弁済に充当されるべきものである。」と訂正する。
2 当審における控訴本人尋問の結果によっても、右引用(訂正、附加を含む。)の原判決の認定判断を動かすことはできない。
二 よって、本件公正証書の執行力の排除を求める被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく正当としてこれを認容すべきであり、右と同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 唐松寛 裁判官 山本矩夫 平手勇治)